バランスは大切か?愛国者との対話

balanceとは?

ロスにいた時パンチを食らった瞬間に意識はなくなった。気が付くと病院だった。そばには日本製のブラックコーヒーの甘さがないものがあった。香りは淹れたてで、豆の粒から何かが湧いてくるようなところがあった。豆の粒を見ていると、といってももうすでに豆の粒はコーヒーの中にはないのでミルか何かですり潰される瞬間を考えるようにしながら、私は桜を思い出していた。桜の樹の下には毛虫がいた。その毛虫をとても嫌がる女性がそばにいた。私の友人であり尊敬すべき相続に詳しく強い弁護士だった。昨今女性の弁護士が増えている。むかしなんかはほんとに少なかった。統計をみてもかなり増えていることが分かる。それでも他の職業に比べればかなり少ない。なんとか女性の権利をカッコとしたものとしたいという人もいるし、なんとなく普通に生活中の人もいる。彼女はどちらかというと普通ではなく愛国者であった。愛国者は普通ではないのか?というご意見もあるかもしれないが、昨今わたしは愛国者だとわざわざいう人は少ない。彼女は1日に1回は私は愛国者だと言っていた。何かにとりつかれるように。なぜそんなことをいうのかと彼女に聞いたことがある。愛国者だから愛国者なのだ。愛国者ではなかったら愛国者ではないのだ、ということだった。確かにそのとおりかもしれない。しかしバランスが大切ではないか?愛国の時もあるしそうじゃないときもあるというか。まだまだひよこちゃんね。彼女はそういった。確かには私はひよこだったと思う。今でもひよこだ。彼女のほうが正しいのかもしれない。

愛国を超えて。すべてを相続せよ。

PATRIOT ACTは終わらない。

私が靖国神社の桜を始めてみたのは3才10ヶ月の時だった。母親が背負って私は飴をなめていた。そして数十年の月日が立ち、アメリカの同時多発テロがあった。あの日、私はロスにいて桜を見ていた。しかし桜といってもただの桜ではないヤクザの背中に描かれた桜吹雪の刺青だった。あの刺青を見た日意識を失った。外ではビルに飛行機がツッコミ、私の顔にはヤクザのパンチが食い込んだ。そしてブッシュがテロリズムの定義を拡大したあの例の法案ができたというわけだ。しかしさらに年月は立ってしまった。今はオバマの時代でトランプの時代だ。3才10ヶ月の頃に見た桜は今も目に焼き付いている。そして自称愛国者により私の人生が変えられてしまったのもよくよく覚えている。私が法律の専門家になったすべてのきっかけが今思い出される。

今、話題のテーマとして成年後見というのがある。意味はここで細かく語らないが、愛国を語る上で欠かせないテーマと言えるだろう。なぜなら、年寄りを愛さない国は愛がないからだ。どこの国か果たして分かるだろうか?実はわたしはわかっていなかった。島国である日本に閉じこもっていたからだ。学生の頃、人生に悩んだことがあった。すべてが虚しく見え、現実と虚構の境がわからなくなった。あの日は風がふいていた。なまぬるい風だった。木陰で休んでいるとある男が近づいてきた。髪型は金髪、手にはペットの犬の紐を握っていた。そしてその背景として桜があった。いつも大事なとき、私の目には桜があった。忘れもしない中学生活最後の日、友人と殴りあったところが桜の木の下だった。私は泣いて帰った。まるで3才10ヶ月のころとなんら私は変わらなかった。あれ以来友人とはあっていない。いつか会えるだろうとは思うのだが。

このブログでは少し相続の話をしたいと思う。しかしなぜかくも桜、桜、桜なのか。