balanceとは?

ロスにいた時パンチを食らった瞬間に意識はなくなった。気が付くと病院だった。そばには日本製のブラックコーヒーの甘さがないものがあった。香りは淹れたてで、豆の粒から何かが湧いてくるようなところがあった。豆の粒を見ていると、といってももうすでに豆の粒はコーヒーの中にはないのでミルか何かですり潰される瞬間を考えるようにしながら、私は桜を思い出していた。桜の樹の下には毛虫がいた。その毛虫をとても嫌がる女性がそばにいた。私の友人であり尊敬すべき相続に詳しく強い弁護士だった。昨今女性の弁護士が増えている。むかしなんかはほんとに少なかった。統計をみてもかなり増えていることが分かる。それでも他の職業に比べればかなり少ない。なんとか女性の権利をカッコとしたものとしたいという人もいるし、なんとなく普通に生活中の人もいる。彼女はどちらかというと普通ではなく愛国者であった。愛国者は普通ではないのか?というご意見もあるかもしれないが、昨今わたしは愛国者だとわざわざいう人は少ない。彼女は1日に1回は私は愛国者だと言っていた。何かにとりつかれるように。なぜそんなことをいうのかと彼女に聞いたことがある。愛国者だから愛国者なのだ。愛国者ではなかったら愛国者ではないのだ、ということだった。確かにそのとおりかもしれない。しかしバランスが大切ではないか?愛国の時もあるしそうじゃないときもあるというか。まだまだひよこちゃんね。彼女はそういった。確かには私はひよこだったと思う。今でもひよこだ。彼女のほうが正しいのかもしれない。